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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)87号 判決

大阪府守口市京阪本通2丁目18番地

原告

三洋電機株式会社

代表者代表取締役

井植敏

訴訟代理人弁理士

岡田敬

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

岡和久

遠藤政明

奥村寿一

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第4549号事件について平成4年3月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年12月1日付けの特願昭55-169868号(特開昭57-92852号、特公昭60-11809号)の出願(以下、この出願に係る発明を「原出願発明」という。)の分割出願として、名称を「混成集積回路」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和61年8月18日、特許出願をしたところ、平成2年12月25日に拒絶査定を受けたので、同3年3月7日に審判を請求をした。特許庁は、この請求を平成3年審判第4549号事件として審理した結果、平成4年3月5日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ)

「2枚の金属基板と該金属基板を離間して結合する絶縁フィルムと該フィルム上に設けた所望形状の導電路と該導電路上に固着される複数の回路素子とを具備し、両基板間の前記絶縁フィルムを曲折して前記基板の反対主面を接する様に樹脂モールド配置し、前記金属基板の少なくとも一方の端部に複数のパッドを設け、該パッドから前記金属基板の表面方向に外部リードを突出させることを特徴とする混成集積回路。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  原出願発明は、その補正された明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの「2枚の金属基板と該2枚の金属基板を前記2枚の金属基板の略厚み程度離間して結合する絶縁フィルムと該フィルム上に設けた所望形状の導電路と前記2枚の金属基板上の前記導電路上に固着される複数のチップ状の回路素子とを具備し、前記両基板間の前記絶縁フィルムを曲折して前記基板の反対主面を接するように配置し、前記両基板上に設けた回路素子を前記絶縁フィルムの曲折部分上に延在される導電路を介して接続し、前記両基板上の少なくとも一方の端部に複数個の外部との接続を行なうパッドを設けたことを特徴とする混成集積回路。」である(別紙図面2参照)。

(3)  本願発明と原出願発明を対比すると、2枚の金属基板の配置に関し、本願発明では「前記基板の反対主面を接する様に樹脂モールド配置し」と規定しているのに対し、原出願発明では「前記基板の反対主面を接する様に配置し」としている点(相違点〈1〉)、及び金属基板の端部に設けたパッドに関し、本願発明では「前記金属基板の少なくとも一方の端部に複数のパッドを設け、該パッドから前記金属基板の表面方向に外部リードを突出させる」と規定しているのに対し、原出願発明では「前記両基板上の少なくとも一方の端部に複数個の外部との接続を行うパッドを設けた」としている点(相違点〈2〉)で、両者はその特許請求の範囲の表現上一応相違し、その余の点では格別相違するところはない。

(4)  相違点〈1〉については、原出願発明においても、その明細書及び図面には、2枚の金属基板の反対主面を当接させて、外部リードを残して全体を樹脂でモールドするという、本願発明と全く同一の実施例が示されている。また、相違点〈2〉については、原出願発明においては、その明細書及び図面には、金属基板の端部に設けたパッドから、前記金属基板の表面方向に外部リードを突出させるという、本願発明と全く同一の実施例が示されている。

以上によれば、本願発明は原出願発明と実質的に同一であるから、本願は、原出願を適法に分割出願したことにはならず、出願日の遡及は認められないこととなり、結局、本願発明は、原出願の公開公報である特開昭57-92852号公報に記載された発明にほかならないものといわざるを得ない。

(5)  したがって、本願発明は、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。審決は、各相違点の判断を誤り、本願発明と原出願発明を同一と判断したものであるから、違法であり、取消しを免れない。各相違点に係る本願発明の構成の点において、本願発明には原出願発明に存在しない構成要件が付加され、その構成が限定されているのであるから、この点において、本願発明は原出願発明の特許請求の範囲に記載の技術的事項の範囲をはみ出した状態で具体化されたものであるから、適法な分割出願というべきである。

(1)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由(1))

本願発明においては、両基板間の絶縁フィルムを曲折して基板の反対主面を接する様に樹脂モールド配置したとの点を構成要件としているのに対し、原出願発明においては、かかる構成を要件としていない点において、両発明は異なる発明である。なお、樹脂モールドの機能が被告主張のように、湿気やほこりから回路を保護することにあることは認める。

(2)  相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由(2))

本願発明においては、パッドから金属基板の表面方向に外部リードが突出することを構成要件としているのに対し、原出願発明においては、かかる構成を要件としていない点において、両発明は異なる発明である。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

(1)  取消事由(1)について

原告は、本願発明には樹脂モールドに関する構成要件が付加されている点が原出願発明とは異なると主張するが、失当である。すなわち、樹脂モールドの構成は、原出願明細書において、従来例として説明されているように、湿気やほこりから回路素子を保護するための単なる周知慣用技術にすぎず、本願発明の目的からみた場合、この構成の付加によってその奏する効果において格別の差異が生ずるというものではないから、この点が付加されたからといって、両者が別発明となるものではない。

(2)  取消事由(2)について

原告は、本願発明は「パッドから前記金属基板の表面方向に外部リードを突出させる」との構成要件が付加されている点で原出願発明とは異なると主張するが、失当である。すなわち、原出願は、「前記両基板上の少なくとも一方の端部に複数個の外部との接続を行うパッドを設けたことを特徴とする混成集積回路」を構成要件としていることから明らかなように、外部とパッドとをどのように接続するかは特定されていないが、外部との接続を行う複数個のパッドを設けることを必須要件としているのである。そして、パッドに外部リードを半田付けする実施例が開示されている。また、パッドから外部リードを介して外部との接続を行うことは従来から行われていることも記載されている。してみると、原出願発明における「複数個の外部との接続を行うパッド」とは、外部リードを接続するためのものと解され、本願発明は、周知慣用技術であるとともに、原出願発明において実施例として記載されているパッドから外部リードを突出させることを特定したに過ぎないものである。そして、原出願には、前述のとおり、パッドに外部リードを接続することにより外部との接続を行うことが開示されているのみで、プリント基板に直接接続する点も、プリント基板に挿入孔を設けなければならないといった問題意識もみられない。したがって、この点に格別の相違はないとした審決の判断に誤りはない。

なお、原出願明細書の特許請求の範囲には、「外部との接続を行うパッド」と記載されていることからすると、リードを介することなくパッドを直接プリント基板に取り付ける態様の発明も包含され得るにしても、原出願発明が、前記のとおり、明細書及び図面に全く開示されていない、リードを介さず直接外部との接続を行う態様の発明に限定されるものではないことは当然である。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2、3号証によれば、本願発明は、混成集積回路の改良に関する発明であり、その概要は、以下のとおりであると認められ、他にこれを左右する証拠はない。すなわち、従来の混成集積回路は、金属基板の一主面に絶縁膜層を設けて所望の導電路を設け、この導電路上に半導体集積回路、チップ抵抗、チップコンデンサー等の回路素子を固着して、これを外部リードのみを残して全体を樹脂でモールドして形成していた。しかしながら、このような従来の混成集積回路では、前記のとおり金属基板の一主面に半導体回路を配置するところ、特に外部リードの固着パッドの配置に面積を取られるため、ある程度の集積度を確保するためには、混成集積回路自体の高さが必要となるため、これが電子機器の薄型化設計の難点となっていたものである。

そこで、本願発明においては、前記の難点を解消することを目的とし、離間した2枚の金属基板を絶縁フィルムで結合し、同フィルム上に所望形状の導電路を設け、導電路上に回路素子を設け、金属基板の端部に外部リードを固着し、絶縁フィルムを曲折して基板の反対主面を当接させるという本願発明の要旨記載の構成を採択することにより、前記の難点の解消を図ったものである。

3  取消事由について

本願発明と原出願発明の構成が相違点〈1〉、〈2〉以外の点において一致するものであることは当事者間に争いがなく、原告は、前記各相違点の構成が異なる点において両発明は同一発明ではないと主張するので、以下、この主張について検討する。

(1)  取消事由(1)

相違点〈1〉が存在することは前記のとおり当事者間に争いがないので、この相違点の存在により、両発明が別発明に該当するか否かについてみるに、まず、本願発明の前記樹脂モールドに関する構成の有する技術的意義について検討すると、樹脂モールドとは、回路素子を湿気やほこりから保護するために、樹脂で回路素子を覆う技術であることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第5号証の1(原出願発明の出願公告公報)によれば、前項に摘示した金属基板の一主面に絶縁膜層を設ける原出願前における半導体集積回路においても、外部リード以外の部分を樹脂でモールドすることが従来技術として記載されている(1頁左欄下から9、8行)ことが認められ、このことからすると、半導体回路の外部リード以外の部分を樹脂でモールドする技術は、既に、原出願発明の出願前における周知の慣用技術と推認することができ、他にこの推認を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本願発明の構成要件に取り入れられた樹脂モールドの構成、すなわち相違点〈1〉の構成は、既に、原出願発明の出願前において、半導体回路を湿気等から保護するための技術として当業者間に周知であった慣用の技術を採用したというにすぎないものである。しかも、かかる構成の採用は、前項に説示した本願発明の技術課題、すなわち、混成集積回路の高さを抑えて、電子回路を薄型化するという技術課題とは、何らの関係も有するものでないことは、その技術内容自体からみて明らかなところである。

してみると、本願発明の前記樹脂モールドに関する構成は、本願発明の措定した前記の技術課題の解決を図った技術思想、ひいてはこれを具体化した構成に対し、かかる技術課題の解決と全く関係がなく、かつ、既に原出願発明の出願前における周知、慣用の構成を付加したにすぎないもので、付加したことにより格別の効果を奏し得たものと認めるに足りる証拠もないから、この点に関する本願発明の相違点〈1〉の構成は、単なる付加にすぎず、この相違点の存在を理由として、本願発明と原出願発明が別発明であるとすることはできないものというべきである。

原告は、この点について、本願発明においては、前記各相違点に係る構成として、原出願発明の特許請求の範囲に含まれない構成要件が付加されているのであるから、本願発明は分割発明として認められるべきであると主張するが、分割発明も、原出願発明とは別個の発明として、新規性ないしは進歩性の要件を具備するものとして、特許を受けるものである以上、原出願発明にその出願前に周知の構成を付加したとしても、この付加によって新たな格別の効果が得られない以上、原出願発明と別個の発明として、特許性を具備するものではないのであり、かかる付加は、周知技術の単なる付加にすぎないものとして、別発明を構成するものではないというべきであるから、原告のこの点に関する主張は採用できない。

(2)  取消事由(2)

相違点〈2〉が存存することは前記のとおり当事者間に争いがないので、この相違点の存在により、両発明が別発明に該当するか否かについてみるに、前掲甲第5号証の1及び成立に争いのない同号証の2によれば、原出願の特許請求の範囲には「・・・前記両基板上の少なくとも一方の端部に複数個の外部との接続を行なうパツドを設けたことを特徴とする混成集積回路。」との記載があり、また、詳細な説明の欄には、原出願発明の唯一の実施例として「一方の基板12の端部に外部リード16を半田付けするパッド17を並べ(る)」との記載(2欄下から7行なしい5行)があることが認められるが、前掲甲号証を精査しても混成集積回路を外部リードを介することなく直接、外部に装着する方法を明示した記載ないしはこれを示唆する記載を見いだすことはできない。

そうすると、少なくとも、本願発明に係る混成集積回路を外部と接続する方法として、パッドに外部リードを固着してこれを介して外部に装着する方法、すなわち、相違点〈2〉に係る本願発明の構成による接続方法が含まれていることは、原出願発明の前記の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載から明白というべきである。そうすると、相違点〈2〉に係る本願発明の構成は、原出願発明の構成と同一といわざるを得ない。のみならず、前掲甲第5号証の1によれば、原出願の明細書の詳細な説明の欄には、前記2に説示した金属基板の一主面に絶縁膜層を設けた従来の混成集積回路において、混成集積回路に固着パッド6を設け、これに外部リード4を装着して接続する方法が従来技術として記載されている(1頁左欄下から13行ないし2行及び第1図)ことが認められ、このことからすると、混成集積回路の接続方法として、混成集積回路に固着パッドを設け、これに外部リードを固着して接続する方法は、既に、原出願発明の出願前に周知の慣用技術であると推認することができ、他にこの推認を左右する証拠はない。そうすると、本願発明の構成要件に取り入れられた相違点〈2〉の外部リードに関する構成は、既に、原出願発明の出願前において、半導体集積回路を外部と接続するための技術として当業者間に周知であったところの慣用技術を採用したというにすぎないものである。

してみると、本願発明の前記外部リードによる接続の構成は、既に原出願発明の出願前において周知の慣用されていた構成を付加したにすぎないもので、付加したことにより格別の効果を奏し得たものと認めるに足りる証拠もないから、この点に関する本願発明の相違点〈2〉の構成は、単なる付加にすぎず、その相違点の存在を理由として、本願発明と原出願発明を別発明とすることができないものであることは、相違点〈1〉に述べたところと同様である。

(3)  以上のとおり、前記各相違点の存在をもって本願発明と原出願発明を別発明とすることはできない。もっとも審決は、各相違点を含む実施例が原出願明細書に記載されていることを理由として両発明が実質的に同一である旨説明しており、この説明は必ずしも適切とはいい難いが、両発明を同一とした審決に誤りがないことは既に説示のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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